「語る、交わる、日中韓デザインの未来形」アフターレポート(後編)



シンポジウムの後半は、MeMe講師陣から呂さん、金さんへの質問の時間となりました。

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鈴木:呂さんに質問です。トンパ文字★ほどではないにしても、漢字の特徴は文字の象形性にあると思います。普段デザインする際に、それを意識していますか?

呂:文字を主に使ったデザインをする際には、やはり象形性についてよく考えます。でも今はデータでデザインをつくり始める人が多く、既存の書体を持ってきて使ってしまう人ばかりです。中国でも考えていない人がほとんどだと思います。

松田:中国語において横組はいつから始まりましたか?
また、右→左へ書く(右横書き)という表記もあるのですか?


呂:20世紀初め、清時代(1636-1911)が終わってから、横組が始まりました。文章は左から右に書きますが、かつては新聞の中のタイトルなど、右横書きもあったようです。台湾や香港には今でもあるかもしれません。
鈴木:日本で、左横書きが成立したのは戦後ですね。
中垣:呂先生のスライドには繁体字が多く使われていましたね。
呂:私は繁体字が好きですから。でも今の若い人は繁体字は分からないですね。実は、文字の意味は繁体字の中に入っています。例えば「愛」という字は簡体字では「心」が入っていません。こころがないのは愛ではないですね(笑)。私は自分のデザインの教育では必ず繁体字を書かせます。漢字の元々の意味がとても大切です。

※繁体字の愛(左)と簡体字の愛(右)

有山:簡体字はいつから使われているのですか?

呂:1949年に中華人民共和国ができた後、1955年以降制定されていきました。簡体字はもともと草書からきています。書道家が早くイメージを定着させるために書いたものです。かたちが簡単なので、当時中国に多かった、文字のわからない人達が覚えやすいよう、共産党が決めたという背景があります。ですが実は、字の持つ意味が失われてしまった。それは本当に残念です。
鈴木:現在、中国では横組の本しかつくってはいけないのですか?
呂:そうです。大陸での出版物は必ず横組で、簡体字を使うように決められています。古文の場合は縦組、繁体字を使ってもよいことになっています。
鈴木:近くの国なのに、知らない事が本当に多いですね。



有山:出版物に対する国家からの影響に関して、少し教えて下さい。

呂:中国では国営の出版社からしか出版ができず、個人ではできないことになっています。
ですが文化人は、今とても出版に対するエネルギーがあります。古いもの、伝統的なもの、外国のもの......みんな文化大革命のときは扱えませんでした。それが30年前に解放され、まさに火山のようにエネルギーが爆発することになりました。その頃は扱えなかった科学、文化、美術といったテーマを自由に扱えるようになったのです。今、政治関係の本の割合はそんなに多くありません。政府は厳しいですけど、多くの人々が出版関係の仕事にとても熱心です。
金:スライドで紹介のあった、扇子の本もまさにそういう始まりですね。出版社から頼まれているんじゃなくて、収蔵家と一緒に企画を立てて出版できるところを探しまわった。
呂:そうです。私は企画、編集、デザイン、そして最近は売るところまで担当しています。でもとても熱心に、楽しんでやっています。本をつくるのは、お金じゃなくて、いろんな本が残るのがうれしいんです。本棚に立てて、それをみんなで毎日見て、すごく豊かな時間ですね。つくった本は、自分の子どもと同じですね。



室賀:お二人はどうしてブックデザインや今の仕事に就こうと思ったのですか?

金:大学時代に安尚秀さんが講師に来ていたことがきっかけで、ハングルのタイポグラフィに興味を持ち始めました。それが自然にエディトリアル、ブックデザインへの興味につながっていきました。
初めてヨーロッパへ行った時、フランスで大きな本屋に入るとグラフィック関連の本は「JAGDA年鑑」など日本ものばかりでした。そこで逆に、アジアを見なきゃいけないと強く感じたのです。ぼくは情報デザイン、特に地図のデザインに興味があったので、杉浦先生の時間軸変形地図★に影響され、日本へ留学しようと思いました。それが20年くらい前ですね。そこへ呂さんが〈少し年寄りの留学生〉としてやってきたのです。
帰国後は、韓国でブックデザイン関係の仕事をしていましたが、4年前に文化庁の出資で新しい学校をつくってみないかというお話があり、ACA(Asia Creative Academy)を始めました。呂さんが集めてくださった中国の優秀なデザイナー達に加え、日本のミームからも中垣さん、鈴木さん、松田さんを始め、山口さん、有山さんに教えに来ていただいてます。
ACAでは、普通のグラフィックデザインよりももうちょっと健康的なというか、そういうデザインを教えるためにはどうしたらよいかを、いつも考えています。

呂:私が子どもの頃、1950-60年代は、学校でも言葉や態度すべてに気をつけなくてはなりませんでした。自由にはっきりと話せない環境で、自然と内向的な性格になりました。静かに本を読む子どもでしたね。父は本が大好きで、父の希望は私と兄弟が画家になる事でした。
文化大革命のあいだ、農村下放★によって約10年間、農村へ行きました。そこでは何も話せず、本を読むだけでした。といっても、その頃は本といえば毛沢東の本だけでした。中国で面白いのは、当時一定以上のレベルの幹部は、外国本の翻訳、有名な作家のもの、政治研究の本などさまざまな本に触れることができました。私は友人のおかげで、いくつかをこっそり読むことができました。自分の興味はそのとき読書だけでしたね。
その頃父は、自分の図書館をつくりました。大きなものではないですが、色々な本があり、家族だけでなく隣人や友人が本を借りに集まりました。わたしはそこで管理人のような役目をしていました。状態の悪い本も多かったので、表装したり、綴じたり、糊で貼ったり、ときにシルクスクリーンで装飾的なこともしていました。

鈴木:呂さんのお父さんは美術収蔵館の館長をされている、大変な知識人なんですよね。知識人であるがゆえに反革命分子といわれて、その息子もということで10年間下放されていたということですね。後に呂さんが〈少し年寄りの留学生〉になってしまったのはそういう理由もありますね。

呂:解放後、私は出版社に入りました。本当は画家になりたかったのですが、当時の中国では、自分で職業を選ぶ事は非常に難しい。しかし幸いなことに、私はそこで作家や哲学者、立派な文化人に会うことができ、すごく勉強になりました。自分の知識も豊かになるなんて、すごくいい仕事でしょ。それで少しずつ、本をつくる仕事が好きになりました。本のデザインはすごく個人的で静かな仕事ですね。自分で考えて、絵を書く、文章を書く、字も描く。私は静かな性格ですから、きっともう、他の仕事はできないですね。
出版社に勤めるうちに、もっと役に立つ理論を学びたい、外国のものを身につけたいと思うようになり、講談社の研修生として日本へ留学しました。杉浦先生の事務所へ行き、ブックデザインについての理論だけでなく仕事への態度や、文化を深く考えることの大切さを教わりました。中国で本のデザインといえば、表紙、挿絵のみしか考えず、中身やInfomation graphicsにまで踏み込んだものは全くありませんでした。私は全身でブックデザインを勉強し、杉浦先生の雄大な知識のうち、全部は無理ですけど、一部分だけ、持ち帰りました。
帰国後、中国のデザインを変えたいと思う気持ちは大きかったです。みな同じ理想に向かって集まってくれました。中には私を「装丁反対者」であると批判する人も多いです。外国の文化を真似て、自国のものを捨てるのかと。でも私はまだ若いですから、好きな仕事をやること、それしか考えられません。それが、人生のいちばんの幸福だと思います。

鈴木:1996年に中国で、装丁ではなくブックデザインだ、と呂さんが言ったとき48、49歳だと思いますが、それから15年で中国のブックデザインをここまで持ってきてしまったのはほんと、大変な事だと思います。


※呂先生のスライドより。シンポジウムや展覧会、雑誌の創刊など、さまざまな活動によって中国ブックデザインの変革を試みている。

受講生:中国では地域によって、色々な特徴のデザインがあるというお話が興味深かったです。
中国・韓国から見て、日本のデザインにはどういう特徴があると思いますか?


呂:日本のブックデザインは立派です。今回の武蔵美の展覧会★を観てあらためて思いました。伝統的なかたち、モダンなかたち、豪華本、単行本、本当に豊かです。装丁、中身、編集、情報デザイン......80年代の日本の本は世界一だと思います。私の国も、韓国も、勉強すべきものです。
中国はやはり大きいですから、各省によって風土が全く違います。色々な民族、建物、食べ物、言葉、生活習慣を持っているので、豊かなテーマは多いですね。それをあちこち取材して......まるで遊びみたいですね。本をつくるのは本当に面白い。苦しいこともいっぱいありますけどね。社長や編集の人とけんかして。
金:いつも戦って、けんかして。
呂:やわらかいけんか。
金:先ほど呂さんから、国内には呂さんを批判する声もあるという話がありましたけれども、やっぱり中国と韓国には同じく反日感情というものがありますよね。だから僕なんかも、「あなたのデザインは日本っぽいんじゃない」という周りからの話も結構聞いています。だから「あなた親日派でしょ」とかそういう批判が、呂さんの周りからもあるかもしれないですね。
呂:同じですね。
金:韓国の面積は中国の1/100程度で、4700万の人口のうち1/3がソウル近郊に集中しています。なので韓国のデザイン=ソウルのデザインになっていて、地方それぞれの特徴というのは、あんまりないです。
最近韓国では、ハングルを自分たちのアイデンティティとして西洋のダッチデザインとかから離れてがんばっている若い人たちが出てきています。それはとてもいいことだと思っています。
日本のデザインについては80年後半からずっと見ていますけど、近代的な感覚としてのデザインは、熟成されていると感じます。刃物のたとえで言うと、ディテールがものすごく強い。ブックデザインでいえば、製本の精度とか、字詰めとか。一方、中国は大きな刃物で一発でボーン!たたくような大胆さがありますね。韓国はサンドイッチ状態。



鈴木:中国、日本の間にいる韓国が、冷静に周りを見てくれていると感じます。
その韓国が、今パジュ★という都市に東アジアのブックデザインの歴史を集めることで、東アジアブックデザインの情報センターになろうという動きが見えていますよね。


金:サンドイッチは中身が大事ということなんです(笑)。本だけでなく、文化として日本と中国をつなげる中間の役割が、韓国にはあると思います。
僕は、日本だから、中国だから、韓国だからでなく、一緒にできることを探して、企画して、一緒につくって......中国のお金持ちに売るとか(笑)、中国の人口の1%(およそ1300万人)はサムソンのオーナーよりお金持ちだと言いますから......とにかく一緒に何かできたらいいなと、いつも考えています。

室賀:今回の冊子のダイアグラムのように、日中韓の横のつながりでブックデザインの歴史を編んだものも、これまでにない取り組みとして面白いと思います。
また、こうやって直接お話をうかがうことではじめて分かることがとても多いと感じました。今日みたいな会をどんどんやってもらえたら、世界の見え方も変わってくるだろうし、とても勇気づけられますね。

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★トンパ(Dongba)文字
中国の少数民族ナシ族に伝わる、絵文字に近い独特の象形文字。


★農村下放
党幹部や都市部の知識階級の若者を、地方の農村で肉体労働を通じて思想改造を行い、
国家建設に奉仕させること。毛沢東思想のひとつ

★時間軸変形地図
距離ではなく時間を主軸とし、東京など主要都市からの所要時間を地図化したもの。
交通手段により所要時間が大きく変わるため、地形が歪められる。
(画像:アイデア324号より)

★武蔵美の展覧会
2011年に武蔵野美術大学美術館で開催された「杉浦康平・脈動する本」のこと

★パジュ
パジュ出版文化都市。制作、資材、流通など200以上の出版関連企業を集結させた、
韓国坡州市の計画都市。アジア各地域のブックデザイナーを招き、
アジアの本や文字をテーマにしたシンポジウムや共同研究を進めている。http://www.pajubookcity.org/






◎関連書籍のご紹介

■東アジアに新しい「本の道」をつくる―東アジア共同出版(日本語版)
中国、韓国、台湾、日本の4カ国の出版の現在を知ることができる。

■IDEA NO. 327 : 現代中国の書籍設計
呂さんをはじめ中国のブックデザイナーを多数紹介。

















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