講師インタビュー|有山達也
「デザインからアートディレクションまで」を終えて
聞き手:ミームデザイン学校 事務局

「デザインからアートディレクションまで」を終えて
聞き手:ミームデザイン学校 事務局

有山達也:中垣デザイン事務所を経て,1993年アリヤマデザインストア設立。「マルコポーロ」のデザインに参加。その後,「store」(光琳社出版),「ゆめみらい」(ベネッセコーポレーション)などのアートディレクションを担当。現在は「ku:nel」,「雲のうえ」(北九州市)等エディトリアルを中心として注目を集めている。ほか「一九七二」(坪内祐三/文藝春秋),「100の指令」(日比野克彦/朝日出版社),「路上の人」(堀田善衞/スタジオジブリ編/徳間書店),「東京飄然」(町田康/中央公論新社),「じゃがいも料理」(高山なおみ/集英社),「きょうの猫村さん」(ほしよりこ/マガジンハウス)等の装丁を手がける。
●2009年の有山さんの授業では128ページの冊子が100冊限定で制作されました。このようなプログラムになった経緯や最初の動機などを聞かせて下さい。
有山:今年の専門課程の講師であった松田さんと鈴木さんが,デザインの知識や基本をきっちりと教えてくれると考えたので,自分はまた違った方向性で,アートディレクションに特化した講義にしようと思いました。ただディレクションの方法もアートディレクターによっては全く違うので,僕はこれまでの経験の中でやってきた方法や,自分が考えて積み上げてきた方法で伝えるしかないという考えが基本にありました。
●確かに松田さんや鈴木さんとは違った授業の印象がありました。編集者の大谷道子さんやカメラマンの久家靖秀さん,長島有里枝さん,長野陽一さん,齋藤圭吾さんをゲスト講師に招いて,実際の物を創ることを目標にチーム別の制作現場のようでした。
有山:僕は前に出てホワイトボードを使って授業をしたり,資料を見ながら講義するのは苦手ですし,また一人ずつを管理して1 から進めていくのも合理的ではないと考えました。そこで生徒達に僕が何もいわなくてもやらなくてはいけないような状況を用意し,チームとして一人でも何かを怠ってしまうと周りに迷惑をかけてしまうような仕組みを作りました。というのも,これは実際の仕事の現場も一緒で,アートディレクターは,デザイナーが別にいたり,カメラマン,編集者,ライターと色々な人と関わりながら仕事をします。この授業でも同じように「チームでやることがどういうことなのか」ということを体感してもらいたいと考えました。それと,制作するという過程を経ることで終わったときの達成感が欲しかった。「やったなー」という実感が伴うものにしたかったというのがありました。
●授業では生徒がお互いに取材執筆を行い,編集者やカメラマンによる講義を行うなど,デザイナー側の視点ではないものを積極的に取り入れたように思いました。これにはどのような意図があったのですか?
有山:文章を創っていくことで生徒が書く事や言葉に対して,もっと考えるようになるということも大事だと思いましたし,ライターや編集者,カメラマンといった一緒に仕事をする人達のこともアートディレクターとして理解しておくべきだと考えたからです。仕事は予算や時間が限られていて,そうした中で一緒に仕事を進める仲間のことも理解してフォローしなければ彼らだってやる気が出ないですし,相手を大切に思っていますということが伝わらないといけない。それがチームでやるということなのだと思います。例えば,カメラマンの食べ物の好き嫌いまで考えないといけないとかね。そんな小さなことだけでも,カメラマンは「何か考えてくれてるんだな」っていうか,意外とそういう色々なものの積み重ねが,ものをつくることのトータルに繋がっているのだと思います。これはデザインではなくても,人と組んで何かをするということの基本にあるものだと考えています。


●そうしたデザインだけにとどまらないような基本から始めたのはどうしてですか?
有山:僕は生徒達に必ずしもデザイナーやアートディレクターにならなくても構わないと思う所もあって,ただ自分で考えて判断するということや,人との組み方だったり,お互いに取材して執筆したりするなかで自分というものが「どういう人間であるか」ということが解ったりだとか,そういう事も大切だと思ったのです。ですから,もしかしたら生徒の中には自分が何か違うものに向いているという事が解ったり,自身の社会に対しての還元や貢献の方法がデザインではないと気づいた人もいるかもしれない。そういうことに気づく,そして気づいた場合に,それを良しと思えるかどうか。この良しと思えるかどうかが問題で,僕はそうした人がいたら,それはそれでいいのだと思ってもらいたいし大事にしてほしいという所もあるのです。
●この授業の結果として,この本が生まれました。今こうして見ると授業に対してやこの1 冊にどんな感想がありますか?
有山:みんな充分に大人だったので経験値も理解力もある,だから僕としても楽だったし,こうした授業が可能だったのだと思いました。また,僕はこの本の仕上がり具合に感慨深いとかはあまりないのですが,その過程を踏んできたってこと,またそれが残るってことが大切なのではないかと思います。彼女,彼らにとって,今すぐじゃなく10 年とか20 年後に,ほこりをかぶった段ボールの中から,これがピッと出て来たら素晴らしいというかね。というのも僕のやってきているものって,そういうものかなという感覚があり,人の人生の中で少しだけふりかけができればいいというのがベースとしてあるのです。それが,大げさでなく,大上段からのものでもなく,僕が伝えられる,美しいとか,かっこいいとか,そういうものに値するのだと思います。この授業としては「俺ってこんなやつだったんだよな」って,自分を見つめ直すきっかけになったらいいと思いますし,この先の将来で自分の考えや生き方につっかえ棒をしてあげられればいいということなのではないでしょうか。

●デザインについてというより,価値観や人生観をも含む幅広い意味合いがある感じですね。
有山:そういうわけでもないのだけれど,今の社会はおせっかいとか,人に世話を焼くとか,そういうことがどんどん減ってきてるわけじゃないですか。人との距離が遠のいている,もしくは,ないといった感じでしょうか。これは言葉にすると大げさになってしまい嫌なんだけれど,人との関わりをあきらめない,何かそうした部分というのは,関係性としてデザインってまだ必要だと思うんです。ちょっとした関わりから生まれる何かというか。それに少し話しが変わってしまうけどミーム自体もそうした関係が作れなかったり,意図的に集まったわけではない所で関係が面倒くさくなっている人達が,同じ考えや理想をもつ集まりを欲して集まった部分ってあるんじゃないかなと思います。
有山:今年の専門課程の講師であった松田さんと鈴木さんが,デザインの知識や基本をきっちりと教えてくれると考えたので,自分はまた違った方向性で,アートディレクションに特化した講義にしようと思いました。ただディレクションの方法もアートディレクターによっては全く違うので,僕はこれまでの経験の中でやってきた方法や,自分が考えて積み上げてきた方法で伝えるしかないという考えが基本にありました。
●確かに松田さんや鈴木さんとは違った授業の印象がありました。編集者の大谷道子さんやカメラマンの久家靖秀さん,長島有里枝さん,長野陽一さん,齋藤圭吾さんをゲスト講師に招いて,実際の物を創ることを目標にチーム別の制作現場のようでした。
有山:僕は前に出てホワイトボードを使って授業をしたり,資料を見ながら講義するのは苦手ですし,また一人ずつを管理して1 から進めていくのも合理的ではないと考えました。そこで生徒達に僕が何もいわなくてもやらなくてはいけないような状況を用意し,チームとして一人でも何かを怠ってしまうと周りに迷惑をかけてしまうような仕組みを作りました。というのも,これは実際の仕事の現場も一緒で,アートディレクターは,デザイナーが別にいたり,カメラマン,編集者,ライターと色々な人と関わりながら仕事をします。この授業でも同じように「チームでやることがどういうことなのか」ということを体感してもらいたいと考えました。それと,制作するという過程を経ることで終わったときの達成感が欲しかった。「やったなー」という実感が伴うものにしたかったというのがありました。
●授業では生徒がお互いに取材執筆を行い,編集者やカメラマンによる講義を行うなど,デザイナー側の視点ではないものを積極的に取り入れたように思いました。これにはどのような意図があったのですか?
有山:文章を創っていくことで生徒が書く事や言葉に対して,もっと考えるようになるということも大事だと思いましたし,ライターや編集者,カメラマンといった一緒に仕事をする人達のこともアートディレクターとして理解しておくべきだと考えたからです。仕事は予算や時間が限られていて,そうした中で一緒に仕事を進める仲間のことも理解してフォローしなければ彼らだってやる気が出ないですし,相手を大切に思っていますということが伝わらないといけない。それがチームでやるということなのだと思います。例えば,カメラマンの食べ物の好き嫌いまで考えないといけないとかね。そんな小さなことだけでも,カメラマンは「何か考えてくれてるんだな」っていうか,意外とそういう色々なものの積み重ねが,ものをつくることのトータルに繋がっているのだと思います。これはデザインではなくても,人と組んで何かをするということの基本にあるものだと考えています。


●そうしたデザインだけにとどまらないような基本から始めたのはどうしてですか?
有山:僕は生徒達に必ずしもデザイナーやアートディレクターにならなくても構わないと思う所もあって,ただ自分で考えて判断するということや,人との組み方だったり,お互いに取材して執筆したりするなかで自分というものが「どういう人間であるか」ということが解ったりだとか,そういう事も大切だと思ったのです。ですから,もしかしたら生徒の中には自分が何か違うものに向いているという事が解ったり,自身の社会に対しての還元や貢献の方法がデザインではないと気づいた人もいるかもしれない。そういうことに気づく,そして気づいた場合に,それを良しと思えるかどうか。この良しと思えるかどうかが問題で,僕はそうした人がいたら,それはそれでいいのだと思ってもらいたいし大事にしてほしいという所もあるのです。
●この授業の結果として,この本が生まれました。今こうして見ると授業に対してやこの1 冊にどんな感想がありますか?
有山:みんな充分に大人だったので経験値も理解力もある,だから僕としても楽だったし,こうした授業が可能だったのだと思いました。また,僕はこの本の仕上がり具合に感慨深いとかはあまりないのですが,その過程を踏んできたってこと,またそれが残るってことが大切なのではないかと思います。彼女,彼らにとって,今すぐじゃなく10 年とか20 年後に,ほこりをかぶった段ボールの中から,これがピッと出て来たら素晴らしいというかね。というのも僕のやってきているものって,そういうものかなという感覚があり,人の人生の中で少しだけふりかけができればいいというのがベースとしてあるのです。それが,大げさでなく,大上段からのものでもなく,僕が伝えられる,美しいとか,かっこいいとか,そういうものに値するのだと思います。この授業としては「俺ってこんなやつだったんだよな」って,自分を見つめ直すきっかけになったらいいと思いますし,この先の将来で自分の考えや生き方につっかえ棒をしてあげられればいいということなのではないでしょうか。

本授業で制作された冊子『それぞれ どれどれ』。「人」をテーマに,生徒がお互いを取材し,文章を書き,そしてデザインをして,生徒全員のライフヒストリーが詰まった冊子が出来上がった。特別講師としてカメラマンや編集者も参加し,生徒にはアートディレクターとしての役割も求められた。
●デザインについてというより,価値観や人生観をも含む幅広い意味合いがある感じですね。
有山:そういうわけでもないのだけれど,今の社会はおせっかいとか,人に世話を焼くとか,そういうことがどんどん減ってきてるわけじゃないですか。人との距離が遠のいている,もしくは,ないといった感じでしょうか。これは言葉にすると大げさになってしまい嫌なんだけれど,人との関わりをあきらめない,何かそうした部分というのは,関係性としてデザインってまだ必要だと思うんです。ちょっとした関わりから生まれる何かというか。それに少し話しが変わってしまうけどミーム自体もそうした関係が作れなかったり,意図的に集まったわけではない所で関係が面倒くさくなっている人達が,同じ考えや理想をもつ集まりを欲して集まった部分ってあるんじゃないかなと思います。
MeMe Design School 2011