講師インタビュー|鈴木一誌

講師インタビュー|鈴木一誌
「"身体性"と"編集"という視点からデザインを捉え直す」
聞き手:ミームデザイン学校 事務局


鈴木一誌:1950年東京都生まれ。杉浦康平事務所に12年間つとめ,1985年に独立。〈装幀〉のみならず,書物全体の設計=ブックデザインに関わりつづけ,戸田ツトム氏とともに2001年よりデザイン批評誌『d/SIGN』を責任編集。著書に『画面の誕生』(みすず書房,2002年)『ページと力』(2002 年)『重力のデザイン』(ともに青土社,2007年),共著に『知恵蔵裁判全記録』(太田出版,2001年)『映画の呼吸』(ワイズ出版,2006年)がある。


●鈴木さんは今年(2009年度)、基礎課程、専門課程の両方で講義を担当されています。まず基礎課程の講義には、どういった狙いがあったのでしょうか。

鈴木:生徒のみなさんの多くは仕事をもっていて、ふだん、すでにパソコンのモニターで仕事をすることに慣れている。ミームでは、物質感を中心に据えようとした。紙ならば、現実の紙に触れて、折ったり切ったりした。束見本という物体からデザインを発想するトレーニングもしました。生徒が漫画と親しんできた世代でもあり、漫画のコマの考え方を導入して、写真のレイアウトを考えるワークショップもやった。体感、つまりデザインと身体の繋がりを回復させたいと思いました。

●短い時間での実技が多かったのが印象的です。

鈴木:課題を自宅に持ち帰ってやってもらうと、みなさん勉強してしまうし、コンピューターでそこそこの出来栄えになってしまう。でもその場で、紙とエンピツだけで15分とか30分でやるとなると、各自の瞬間芸になって、その人の現在が鮮やかに見えてくる。ひたすら手を動かすことになる。まさに身体的です。できた作品に対して、ふたりの講師がその場で感じたことを話す。講評は、ひとりずつの作品に対してもしますが、かならず全員の作品を並べるようにつとめています。他人の作品を見ると、自分のなかにもじつはこういった選択肢があったんだと、気づく。自分という幅が広がる。自分を拡張しに、ミームに来ているわけですからね。



●まだ全8回のうち4回までしか終了していませんが、今年からスタートした専門課程についてです。「写真集づくり」がテーマですが、すぐ制作に取りかかるのではなく、写真集を構成する要素をひとつずつ丁寧に観察する授業を展開されていますね。

鈴木:既成の写真集を台割におこして、ページネーションの構造を俯瞰的に把握したり、同じ写真集だけど製版の違うものを見比べたり、たくさんの写真を並べ、それを何度も入れ替えてみたりと、ここでも、なるべく手作業を織りまぜながら、まずは「見る眼」を広げようとしています。ある写真集を見たとき、単に好き嫌いの判断で終わらず、なんでこの一枚がここに入っているのか、疑問を抱けるようになって欲しい。好き嫌いで終わると、自分が広がらない。というのは、現代の高度に成熟した資本主義社会では、あらゆるモノが完成品として、お客さんを待っている状態で、いつの間にか全員が消費者にされてしまう。好き嫌いを判断するのはあなたですよ、とおだてられる構造と言いますか。消費者の視線からいかに脱却するか。消費者の視線そのままでは、デザインはできませんから、目玉を揺さぶることから始めています。

●この先はどんな展開が待っているのでしょうか。

鈴木:今は、完成品を解体していく作業に取り組んでいて、つぎはそれを編み直す、編集する訓練が必要になります。生徒には、ディテールをつくる力はすでにある。必要なのは、それをどう集合させるか、動機やモチベーションなんですね。メロディー全体を貫くモチーフ。一冊の本のデザインを、「タテの線」というモチーフで貫こうとするなら、ヨコの線は使えなくなる。ある意味では、動機をもつことは、自分を不自由にしていくことなんですね。自分のなかのメニューをいかに増やすかではなく、自分のなかにあるノウハウをいかに編集するか。自分を編集することを含めて、専門課程では、編集がテーマでしょう。



●それでは最後に、学校全体について聞かせてください。鈴木さんからみたミームの可能性はどんなところでしょうか。

鈴木:4つ挙げましょう。まず「社会人のための学校」というのがおもしろい。学校を出て働いて、20代後半から30代に差しかかるころは、多くのひとが何かを悩む時期でしょう。彼らに対する教育システムがないから、社会的なニーズがあります。彼や彼女らは、すでにデザインの知識は十分に備えています。いまある知識に点火して駆動させるのが、われわれ講師の責任でしょう。そのためには、知識が世界と触れあう必要がある。これから専門課程では、映画を見せて、20字とかの短い文章を書かせる授業をやります。短い文章というのがミソなんですね。自分の感想をいかに省略し要約するか。やはり、自分の編集なんです。結果的に、映画という別ジャンルに触れることになるし、「書く」視点を獲得することにもなる。人生において、デザインも重要だけど、一要素でしかないと思える人間を育てたいですね。デザインばかり考えている人間が、いいデザインをするわけがない。

●他には。

鈴木:2つ目は、「路上のデザイン学校」である点。ゲリラ的にやっている部分が興味深い。ミームデザイン学校は、ドアを開けると書店のフロアですし、その外は、すぐ路上です。印刷所に行って、そこの会議室で講義を受けたりもしている。どこでも教室になりうる。これがいい。たとえば、少人数で映画を観てその感想を喫茶店で語り合う、そういったのが私の理想です。専門課程の授業では、正月休みを利用して、路上で写真を撮ってきてもらおうと思ってます。たがいに写真批評をしようと。路上こそが、世界の原点です。3つ目は、生徒が身銭を切って学んでいることです。ミームの生徒のほとんどは、社会人経験があって、おカネを稼ぐ大変さも分かってる。だからこそ、生徒が能動的だし、切実さをすごく感じます。さいごの4つ目は、ミームがいわゆる組織じゃないところに好感がもてる。中垣さんがわれわれが勝手に思っている校長なんですけど、上意下達ではない。だから、派閥争いもない(笑)。30歳前後で悩む理由の一つに、組織に疲れる、組織への違和感ってあると思うんです。自分の提案が、組織で通らない。自信を無くす。迷いには、組織の問題が絡みがちです。でもミームでは、人間関係にしても作品の評価にしても、水平的です。少なくとも、そうあろうとしている。そもそも、全員の作品を一同に並べてみたら、自分の位置は自分でわかる。自分を自分で見ることになる。ミームはそんな場所です。

















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